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イーロン・マスク

イーロン・マスク

Elon Musk

南アフリカ | 1971年生まれ

南アフリカからカナダへ、その後米国へ移住した。インターネット事業で起業するため、スタンフォード大学の博士課程を2日で退学した。

""If something is important enough, even if the odds are against you, you should still do it." [Tesla All-Hands]"

彼らの物語

想像してみて。やせた少年が、ひとりでパソコンに向かっている。みんなの人気者とはほど遠く、部屋の外の廊下は、彼にとってまるで戦場だ。またいじめられたのだ。だから、コードでできた別の世界へ逃げ込む。そしてわずか12歳で、簡単なゲームを作り、500ドルで売る。大金ではない。でも、想像したものを形にできる。その力が、この少年にはあるとわかった瞬間だった。

その少年が、1971年に南アフリカで生まれたイーロン・マスクだ。ほかの生徒たちが周りになじもうとするなか、彼は独学でプログラミングを身につける。まるで、自分だけが知る生き抜くための技術のように。実際、そうだったのかもしれない。やがて彼は故郷を離れ、まずカナダへ、そしてアメリカへ渡る。荷物よりも大きな野心を抱えて。

ここからは、まるで映画のような展開だ。博士号を目指してスタンフォード大学に入学したのに……たった2日で辞めてしまう。2日だよ! いったい、どんな人がそんなことをするのだろう。インターネットの急成長が、雷鳴のように近づいてくるのを感じて、「誰かの許可なんて待っていられない」と思う人だ。

彼はZip2という会社を立ち上げる。慌ただしさで一日一日の区別もつかなくなり、夜遅くまで働く日が増えていく。そして28歳で、会社を3億700万ドルで売却する。たいていの人なら、ほっとひと息ついて、あとはゆっくり過ごすだろう。でも、マスクは違った。得たお金のほとんどを、のちにPayPalとなるX.comに再投資する。それは大きな転機だった。同時に、大きく賭ければ、大きく失うこともあると教える出来事でもあった。

次に彼が目指したのは、文字どおり空の向こうだ。繰り返し使えるロケットを夢見て、スペースXを立ち上げる。けれど、厳しい現実が待っていた。最初のロケットが爆発する。2機目も。そして3機目も。自分の夢が、3回続けて炎に包まれるところを想像してみてほしい。破産寸前の彼は工場の床で眠り、わずかな睡眠と、どうしても捨てきれない希望だけで動き続ける。きみならどうする? 諦める? それとも、改良してもう一度試す?

彼は、改良して試し続けるほうを選ぶ。ひたすら、少しでもよくしていく。そうしてスペースXは生き残り、やがて宇宙飛行のあり方を変えていく。そしてテスラでは、電気自動車を「風変わりな実験」から、世界を変える産業へと押し上げる一翼を担う。

どん底にいるときの彼の信念は、夢を追う人への指針のように響く。「本当に大切なことなら、成功の見込みが低くても、やるべきだ」。そして、泥くさい助言も実にシンプルだ。「死に物狂いで働け……週に80〜100時間だ」

みんなに伝えたいのは、「イーロン・マスクになろう」ということじゃない。挫折は、前へ進む力に変えられる。周りから変だと思われるほど夢中になっていることも、自分の強みになる。そして、いちばん大きな失敗が、自分らしい人生を歩み始めるきっかけになるかもしれない。

学生へのアドバイス

「死に物狂いで働け。週に80〜100時間だ。ほかの人が40時間働くなら、その分だけ先に進める」 [Reddit AMA]

主な実績

EVを牽引するテスラ(時価総額1兆ドル以上)とスペースX(再使用ロケット、スターリンク)を創業